Londonのたからもの

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カテゴリ:生きる( 3 )

太巻き

生まれて初めて、太巻きを作りました。

参考にしたレシピはこちら。
Cpicon 恵方巻き by chrysanthemum
コテコテ関西人の祖母が作ってくれた具によく似ています。


昨晩、ベッドの中でふと思い立って、今日になってバタバタと材料を買いに出かけました。
日本に置いてきてしまった巻きすは、ジャパンセンターで改めて購入。
面倒だからミツカンの寿司酢も買っちゃいました。

かまぼこはエライ高かったので、ちくわで代用。
ちなみに祖母は背中がこげ茶色のかまぼこを使っていました。

三つ葉はないのでほうれん草。
いつもより立派などんこを買って066.gif

そもそも、タイ料理やメキシカンを作るのに寿司を作ったことがないのは、
飯台がないために酢飯をうまく作れるか自信がなかったから。
今日は固めにごはんを炊いて、思い切ってボウルの中で混ぜました。
・・・まぁ、別に許せる。

それよりも何よりも、いつもの欲張り癖が出て、目いっぱい具を乗せたのが敗因でした。
旦那さんには、
「アマゾンで発見された極太のヘビ」
と言われ・・・・・・・・・・・・・・・・・・032.gif

締め付け具合も微妙に足りなかったみたいです008.gif
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全盛期(?)の私は、祖母の太巻きなら3本ペロリと食べられました。
それは濃すぎもしない、薄すぎもしない、絶妙な味加減のため。
ピリッと山椒のきいた雑魚の佃煮を入れるところもポイントでした。

いつでも教われると思っていたら、結局教えてもらうことが出来なかった。
そんなことがたくさんあります。

2月27日は4回目の祖母の命日でした。

祖母の味に追いつくまで、あと何年かかることやら。
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by takaramono5898 | 2009-02-28 07:57 | 生きる

三回忌

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穏やかに、静かに、祖母の3回忌が暮れていきました。
私がロンドンで暮らすことになって、天国の祖母もびっくりしていることでしょう。

3年という月日は、長いようで短いようで長いようで短いようで・・・

この3年の間、何度となく、
「祖母が生きていたらこう言うだろうな」
「祖母はあのときこう言っていたな」
と、母と一緒に笑って泣いたものでした。

正確に言うと、私はいつも涙をこらえきれませんが、母はいつも気丈に笑っています。
母の偉大さを痛感します。

さくらなでしこさんが教えてくれた「涙そうそう」を聞いて、胸がいっぱいになります。
恐らく、来年も再来年も、こうして悲しく、でも穏やかにこの日を迎えることでしょう。

母の友人は「思い出すことが一番の供養になるのよ」と言ってくれているそうです。
その優しい言葉に甘えて、今日も祖母の思い出をひとつひとつめくっていきたいと思います。
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by takaramono5898 | 2008-02-28 05:12 | 生きる

花束

c0153330_2216192.jpg産業カウンセラー試験を受けるため、先週東京に戻りました。
数日は元気でいたのですが、突然バッタリ。。。
食べ物も食べられず、床に臥していました。
ようやく復活して歩き回った下北沢の町は、たった1ヵ月半留守にしていただけなのに、
微妙に変身。
40年近く続いたスーパーが閉店になったり、ラーメン屋が突如消えていたり。
間違い探し探検のような気分でした。

買い物袋をぶらさげて、いつも買っていた花屋で、亡き祖母に花を買いました。
「婆ちゃん、いつも安い花束でごめんね」
と言うと、どこかで祖母が笑っている気がします。

お婆ちゃん孝行できなかった私を許してくれているだろうか。
そう思うたびに、母が見た『ナイロビの蜂』という映画の話を思い出します。

妻を亡くした主人公は、妻の生前、彼女に対してある疑念を抱きました。
不幸にも妻がなくなったあと、それが根も葉もないでたらめだったことが分かり、主人公は妻を疑ったことを後悔しますが、彼らをよく知る友人に、
「きっと許してくれるよ。奥さんは心からあなたを愛していたんだから。」
と言われ、救われる・・・
というような内容だったかと思います。

祖母には本当に大切にしてもらいました。

薄いピンクの小さなカーネーションが少しずつ膨らみ始めました。
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by takaramono5898 | 2008-01-16 22:17 | 生きる