Londonのたからもの

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カテゴリ:  └ モロッコ( 6 )

Morocco ~たべもの編~

今回の旅は機内食も入れて、すべての食事が付いていました。
「どこで食べる?」
「何にする?」
と悩むのも楽しいですが、出されるがままに食べるというのも楽チンなものです。

朝食と夕食はすべて洋風のビュッフェ形式でした。
好きなだけ食べていい→食べなきゃ損とばかり、普段食べないスイーツまで、ズボンがきつくなるほど食べ尽くしました。

昼食は途中のレストランやホテルで、いわゆる「That's モロッコ料理」みたいなものが出てきました。
モロッコの料理で最も代表的なものは「タジン」という円錐の土鍋に入った料理です。
地域ごとに味付けが違うそうで、肉あり、魚あり、レモン味あり、トマト味あり・・・とバラエティに富んでいます。
なぜこの形なのかはわかりませんが、ウェイターさんが大きな鍋をテーブルに乗せ、三角のふたを外すときはもわっと湯気が立ちのぼり、思わず
「わぁ~~~♪」
と声が上がります。

「ハリラ」というスープは、和食で言えば味噌汁でしょうか?
こちらもいろいろな具・味付けがあり、豆が入っていたり、ピリ辛だったり。
たいていコリアンダーが入っています。

味付けは総じてマイルド。
スパイスも効いていますが、辛くはありません。
日本人ツアー向けにしてくれているのかもしれませんが、一度も美味しくないと思ったことはありませんでした。

以下、ランチの写真です。

【1日目】
サモサとケバブが出てきました。

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【2日目】
どこでもまーるいパンが出てきて、みんなでちぎって食べました。
真ん中の銀色のタジンはオムレツみたい。

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【3日目】
ちょっと写真が暗いのですが、かぼちゃっぽいスープは体がぽかぽかになりました。

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【4日目】
お魚がひっくり返っちゃってますが、肉厚でなかなか美味しかった!
何のお魚かはわかりません。。。

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【5日目】
黒オリーブがごろごろ入ったお肉のタジン。
この旅でオリーブ1年分くらい食べた気がします。

隣のおじさんは『一般家庭にてミントティーを飲む』というツアーの一幕。
ミントティーもモロッコ独特の飲み方で、緑茶にミントの生の葉っぱをどっさり入れ、塊のお砂糖をこれまたどっさり入れて飲むのです。
高いところから注いで泡を立てるのがポイント。
フェズの旧市街の地下にあるお部屋で、きれいな「奥様」と、お茶を入れたら突然太鼓を叩いて歌いだす「旦那さん」・・・・・・
あれはツアー用の仮面夫婦に違いありません。。。

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【6日目】
下のタジン、これはまぎれもない「いかめし」です!
輪切りのイカの中にご飯が詰めてあります。
ものすごく美味しかったので、いかがあっという間に食べられてしまいました。

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あー、おなかいっぱい。
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by takaramono5898 | 2008-01-09 01:06 |   └ モロッコ

Morocco ~みどころ@メクネス、カサブランカ編~

【メクネス】
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ブーフェッケレン谷に住んでいたメクナーサという部族が作った町。
旧市街の軍隊の町と王宮が世界遺産に指定されています。
11世紀に市場ができ、その後1672~1727の王ムーレイ・イスメルがメクネスをモロッコの首都と定めました。

当時、フランスは“太陽王”と呼ばれたルイ14世の時代。
その豪華な様子にあこがれたムーレイ・イスメルは、メクネスをヴェルサイユのような町にしようと思いました。
44kmもの城壁を造り、フランスからエンジニアを招き、マラケシュやローマ遺跡からきれいな装飾品や柱などを運ばせました。

また、この当時海岸付近に上陸してきたポルトガル人に対抗するため、ニジェール、マリなどアフリカのほかのイスラム教国から黒人たちを連れて来て13万5000人もの軍隊を作りました。
馬だけでも1万2000頭。
その人々や馬を維持するのには大変な費用がかかったでしょう。
でも、幸か不幸か一度も戦争はありませんでした。。。

c0153330_74915100.jpgさらにこの王様、数多の女性を妻にしていたにもかかわらず、70歳になってからルイ14世の娘の一人と結婚したいと言い出しました。
残念ながら断られてしまった代わりに美しい振り子の時計を贈られ、それが今でも彼の墓のそばで時を刻んでいます。





【カサブランカ】
「白い家」の意味。
550万人が住む、モロッコ一の都市であり経済の中心地です。
大西洋に面しており、砂漠とは対照的に豊かな海が広がっていました。
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●ハッサン2世モスク
c0153330_751459.jpg世界で3番目に大きなモスク。
12万人が同時に礼拝できます。
また、ユダヤ教、キリスト教を含めても、宗教的建造物の中では世界一高い塔(200m)を持っています。
イスラム教で聖なる色とされる緑色のモザイク模様のその塔は、私がモロッコの中で見たモスクの中で一番勇壮且つ美しいと感じました。
建物の裾のほうに小さく写っているのが人ですから、どれだけ大きいか想像していただけるでしょうか。




・・・以上でみどころ編が終了です。
かなり端折りました。
デジカメ画像の番号と行程表がなければ、もはやどれがどれやらさっぱりわからなくなるくらいたくさんの風景を見ました。
一日で400km以上もバス移動する日もありましたが、40人乗りの快適なバスだったのでそれほど苦痛に感じませんでした。
途中のホテルでは夕食の際のビール代をぼったくられそうになったり、帰りの空港では「予約者リストに名前がない」と言われ延泊を覚悟したりもしましたが、ガイドさんや添乗員さんのお力添えで無事に旅行を終えることができました。

ガイドさんがバスの中で教えてくれたモロッコとアルジェリアとの関係や西サハラ砂漠の問題について、恥ずかしながら私はまったく知りませんでした。
「今は国民の40%が自分の名前を綴れないけれど、人口の54%が23歳以下。だからこそ教育をなんとかしなくちゃいけないんです!」
日本語では難しいからと、英語で熱く語っていました。

「Morocco」とは「日が沈むところ」という意味だそうです。
北アフリカの最西端に位置することからその名が付いたのでしょう。
けれども実際は、超高齢化が加速する「日出ずる国」こそ日が沈みそうで、若いモロッコはまだこれから先の可能性を秘めているのではないかと思いました。

とにかく、どこに行っても空が、抜けるように真っ青な国。
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by takaramono5898 | 2008-01-08 08:05 |   └ モロッコ

Morocco ~みどころ@フェズ編~

【フェズ】
旧市街全体が世界遺産。
カサブランカ、ラバト(首都)、マラケシュに次ぐ、モロッコの中で4番目に人口の多い都市(約120万人)です。
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ぎっしりと建物の並ぶこの町は、「フェス・エル・バリ」「カラウィン」「アンダルシア」という三つの地域に分かれています。
859年に出来た世界で一番古い大学、カラウィン大学(神学校)があり、モロッコの人たちにとっては「精神的な首都」なのだそうです。

809年に町ができて以来、ほとんど姿を変えていないという点で非常に歴史的価値がある町。
14世紀には人口5~6万人、14の大学を擁していました。
フェズの人たちは『自分たちの祖父母はエリートなのだ』という思いからかプライドが高く、スマートなんだとか。
実際に政府の人材の6割くらいはフェズの出身だそうです。

町の規模に対して人口が多すぎるため、移住の計画も持ち上がりましたがほとんど進んでおらず。
1992年から貴重な建物の修復を始めましたが、未だ1/3しか着手できていません。

c0153330_7262857.jpgスークの中は迷路のよう。
ガイドさんからはぐれたら生きては出られないと思いました。
とても混雑しているため一列縦隊で歩いていると、後ろから大きな荷物を背負ったラバがわしわしと追い越して行きます。




c0153330_7265731.jpgインドとこのフェズにしか残っていないという“なめし革街”では、脳髄まで届きそうな、それはそれは強烈な臭い。
ミントの葉っぱを鼻にかざして難をしのげと言うけれど、リアルな獣の革のせいか、染色の化学物質のせいか、久々に嗅いだ“田舎”の臭いといいましょうか・・・・・・・・・
「ここで買い占めるぞ!」とものすごく楽しみにしていたバブーシュ(モロッコ名産・革のスリッパ)もかわいいものが見つかりませんでした。
「手作業でなめしているから素朴な風合いのものしかできない、ほかの場所で売っているスパンコールや刺繍の入ったものは機械で作ったんだ」
とのことですが、だったら私は機械のやつでいいです。。。
その後、旅の終わりまでかわいいバブーシュは見つからず。
残念でした。


●ヴォルビリス・ローマ遺跡
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1世紀、ローマ時代に出来た町。
当時のモロッコの首都は地中海と大西洋に面したタンジールでしたが、戦時に攻められやすいため、山間のヴォルビリスに首都を移しました。
42haもの土地に、3世紀には25000人が暮らす大きな町に発展しました。
現在、16haはまだ発掘されていません。

c0153330_7295331.jpg◇オルフェハウス
裕福な人の家。
床のタイルの装飾は見事です。
お風呂には「冷たい」「マイルド」「暑い」三つの部屋。
お湯は陶器のパイプで運び、燃料にはオリーブの種を使っていました。



c0153330_7304029.jpgトイレには水が流れており(←すごい!水洗トイレ)、その上に大理石の板が敷いてありました。
主人が用を足す前に、使用人が事前に座って温めたとか(←温便座・・・)。
中には「ボーミタリオン」という箇所もあります。直訳すると「吐くところ」?
おいしいものを食べて、食べたものを吐いて、さらにまたおいしいものを食べる・・・なんという贅沢。。。

c0153330_731791.jpg◇裁判所
のちに教会となったところ。
裁判所とか教会とか、本当に今と変わらない成熟した町だったのだなーと思いました。







c0153330_7314115.jpg◇凱旋門
ベルベル人(モロッコにもともと住んでいた民族)が有名な皇帝のために作ったもの。
町の周りには合計7つの門があり、門と門を結んだ大通りの脇には商店が連なっていたそうです。




ローマ人は本当に優れた文化を持っていたことに改めて感銘を受けました。
今から1900年も前に、どんな人たちがどんなことを話しながら行き交ったのでしょう。

町の中央には公共の噴水があり、人々がそこで洗濯をしていたらしく、石が丸く磨り減っていました。
山から2kmかけて水を引き、下水は下の畑へとつながるように設計されていたそうです。
なんと合理的なんでしょう!!!

道の両脇を埋め尽くすお店を、お買い物して歩いてみたい。
おかみさんたちが井戸端会議をしながらゴシゴシ洗濯をする様子を、この目で見てみたい。
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by takaramono5898 | 2008-01-07 07:57 |   └ モロッコ

Morocco ~みどころ@砂漠編~

c0153330_728716.jpg●アイト・ベン・ハッドゥ
世界遺産。
14世紀に出来たこのカスバは2/3くらいが地震で壊れてしまいましたが、一部は当時から現存しています。
映画『アラビアのロレンス』はこのそばの別のカスバで撮影されたそうですが、まるでこのまま映画に出てきそうな佇まいです。
実際、『グラディエーター』の撮影に使った建物もあります。

c0153330_729750.jpg山の上まで上ることもできます。
360度の景色。
岩の茶色、草木の緑、真っ青な空。
肺の隅々まで思い切り息を吸い込みたくなる、すばらしい景色でした。




【ワルザザード】
標高1260mにある砂漠の入り口の町。
砂漠だけあって、年間の降水量はたったの55mmです。
ちょうど国王が滞在していたため、そこらじゅうにおまわりさんがいました。

c0153330_7294277.jpg●ベンヌモローのカスバ
50Dh札にもなっている美しいカスバ。
“カスバ”とは城塞のような住居を差すようです。

この国の建物に共通なのは、壁が厚いこと。
50cm以上は当たり前といった感じです。
夏は扉や窓を閉めて暑い外気をシャットアウトし、逆に厳しい冬には外気を取り込むため扉などを開けるそうです。

【エルフード】
●サハラ砂漠
早起きして、アルジェリアの国境まで50kmの地点まで四駆で疾走。
その後、らくださんに乗り換えて、20分ほど歩いて砂丘の上へ。

ヒトコブラクダのこぶの上に腰掛けるところが取り付けてあります。
持ち手は鉄なので、手袋がないと手が凍えます。
座ってるらくださんに乗ると、前足、後ろ足の順に立ち上がるのでそのたびに後ろのめり、前のめり。
下り坂はずっと前のめりになるので踏ん張らなくてはなりません。
翌日は軽く筋肉痛になりました。。。

砂丘の上まで辿り着いてから、日の出まで30分ほど時間がありました。
この待ってる間がとっても寒かった!

付き添いのモロッコ人たちがごそごそと包みを開け始めるから、
「何?温かい食べ物とか飲み物?」
と期待したけど、出てきたのはアンモナイトやオウムガイの化石やペンダントたち・・・。
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丁重にお断りした頃、ようやく日が昇り始めました。
太陽って暖かい。ありがたい。
しみじみ思いました。

さらさらのサハラの砂、美しい日の出。
ぶるぶるぶるぶひひひひぃーと涎を垂らして鳴くらくださんたち。
・・・忘れられない、本当に貴重な経験でした。
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by takaramono5898 | 2008-01-06 07:49 |   └ モロッコ

Morocco ~みどころ@マラケシュ編~

こんなに真面目にガイドさんの話を聞いたのは生まれて初めてです。
高校生の時だってメモなんて取りませんでした。

個人の旅行も気ままでいいけど、現地のガイドさんが案内してくれると、ガイドブックに書いてないことだって教えてくれます。

以下、7日間に私たちが見たみどころのうち、印象に残ったものを抜粋し、すべてモロッコ人ガイドさん(大使館の仕事で過去に4年間、日本の江戸川近辺に在住経験あり)のお話から引用します。
(カタカナ表記が間違っていたらごめんなさい)

【マラケシュ】
赤土で出来た建物が並ぶ、11世紀にできた古い町。
それまでは「アルハンブラ」(アラビア語で“赤い”)と呼ばれていました。
建物をコンクリートで作るようになった最近でも、景観上ピンク色で統一するよう法律で定められているそうです。

c0153330_7502427.jpg●メナラ庭園
12世紀からある庭園で、「メナラ」とは「灯台」の意味。
公園の中央には280m四方、水深約2.7mのプールがあります。
これはその昔、モロッコからジブラルタル海峡を渡ってヨーロッパに行くための練習をするためのプールだそうです。


c0153330_7514040.jpg●バヒア宮殿
19世紀、11歳の王様の裏で実権を握っていた当時の総理大臣が自分のために作った宮殿。
中庭があるのはアラブの形式の建物の特徴で、その周りにいくつもの部屋があります。
何十人もの女性を住まわせていた、いわゆるハーレムですね。。。


●フナ広場
この広場全体が世界遺産。
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スーク(市場)の中は食べ物、おみやげ、洋服、雑貨・・・・・あらゆる物でごった返していました。
いろんな匂いもしました。
スリにあわないよう、始終緊張しっぱなし。
「レッドスネーク、カモ~ン」みたいなおじさんがリアル・コブラをぴーひょろろと操っていたり。

c0153330_83532.jpg日が落ち始める頃、軒を連ねる屋台の方から美味しそうな煙が立ち始めました。
ふらふら歩いていくと、カタコトの日本語で呼び止められる。
ゆで卵屋さんみたいのとか、ドライフルーツ屋さんとか、いろいろありました。






●クトゥビアモスク
12世紀から現在まで残っている、マラケシュの中で一番高い建造物(77m)。
11世紀から1902年まで、すぐ隣に別の塔が建っていましたが、土で出来ていたその塔はダメージが大きく、取り壊されてしまいました。
現存のクトゥビア塔はギリーズ山の石で出来ています。

c0153330_85282.jpgモスクでは15000人もの人が礼拝することができます。
塔の上の3つのボールは下から「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」を示しており、同じ神を掲げる宗教の中で、イスラム教がもっとも点に近いことを象徴しています。
他国ではドーム状のモスクが多い中、モロッコはオスマントルコの影響を受けなかったためにこうした「塔+三つのボール」というモスクがほとんどなのだそうです。

現在ではこの塔に取り付けられたスピーカーからお祈りの時間を知らせていますが、昔々は塔の上から旗を振って遠くまで呼びかけていたとか。
目をつぶればその頃の声が聞こえてくるような・・・・・・・気がしました。
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by takaramono5898 | 2008-01-05 08:09 |   └ モロッコ

Morocco ~はじめに~

初めてのアフリカ。
初めてのイスラム教国。

「日本からは行きづらいところ」「北アフリカ」という条件で、最後までエジプト、チュニジアと迷い、なんとなくモロッコにしました。

c0153330_291319.jpg日本から行こうとすると直行便はなく、どこかで乗り継いで恐ろしく時間がかかります。
イギリスからは飛行機で片道3時間半。
時差もありません。

日本で『地球の歩き方』を必死に探すも、ちょうど切り替え時期らしくどこの書店にも置いておらず。。。
事前の知識といえば次の通りでした。

・マラケシュ→松田聖子の歌が浮かんでくる
・カサブランカ→ハンフリー・ボガートが「君の瞳に乾杯」と言っていた映画
・ガッスール→私が長年通っている美容院イチオシのヘア&スキンケアライン『ローズ・ド・マラケシュ』に含まれる、モロッコでしか採れない泥
・アルガンオイル→同上のオイル

・・・本当に貧相でスミマセン。

ツアーには我々も含め、どこかの会社の駐在らしき子ども連れや、あと数年で定年かというご夫婦、一人参加の男性、女性など、イギリス在住の総勢18名が参加しました。


6泊7日、全行程1600kmはざっくり次の通りです。
【1日目 ヒースロー→マラケシュ】c0153330_2105614.jpg
●マラケシュ市内観光
・バビア宮殿 ・メナラ宮殿
・旧市街メディナのスーク ・ジャマ・エル・フナ広場





【2日目 マラケシュ→ワルザザード】
●マラケシュ市内観光
・クトゥビア塔とモスク
●アイト・ベン・ハッドゥ観光

【3日目 ワルザザード→エルフード】
●トドラ渓谷散策

【4日目 エルフード→フェズ】
●ラクダに乗って、サハラ砂漠の日の出鑑賞
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【5日目 フェズ】
●フェズ市内観光
・フェズ旧市街 ・カラウィンモスク ・ムーレイイドリス廟 ・なめし革染色職人街

【6日目 フェズ→カサブランカ】
●ヴォルビリス遺跡観光
メクネス観光
●ラバト観光
・ミナレットハッサンの塔 ・ムハンマド5世の霊廟

【7日目 カサブランカ→マラケシュ→ヒースロー】
●カサブランカ観光
・ハッサン2世モスク ・ムハンマド5世広場

緑字は世界遺産)

写真を見ても、すでに「あれ、ここどこだっけ?」状態になっていますが、明日以降、忘れぬうちにぼちぼち書き連ねていこうと思います。
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by takaramono5898 | 2008-01-03 02:21 |   └ モロッコ